いつの間にかカラオケは点数ゲームになってしまった

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どうも!ぐってぃ(@guttei5)です!

最近はカラオケは音質も映像もバリエーションも以前とは比べものにならないほど良くなりましたね。

そしてカラオケの採点精度も本当に高くなりましたよね。音程だけでなく、ビブラートやその他技術点や強弱の表現力も加味されているようです。

DAMの精密採点はテレビでも取り上げられ、プロのような歌声で世間を騒がせていますね。そういう人達はカラオケの点数も高い。

ここで最近僕が思うのは、本当に「カラオケの点数が高いこと=歌が上手いこと」で、その逆に「カラオケの点数が低いこと=歌が下手」なのか。ということです。

最近はこのような考えが蔓延しているように感じます。
だから音程バーばかり気にして思いっきり歌えない。そんな歌は聞いてる方もつまらないし、歌ってる方もつまらない。
なので今一度、カラオケの歌う意味と採点について考えていこうと思います。

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なんのためにカラオケ行ってんの?

当たり前ですね。歌うため。

最近は楽器の練習や勉強のために行く人もいるみたいですね。

 

あと、最初はカラオケで勉強なんてコスパ悪すぎだろ。って思ってたんですが、カラオケで作業をするのが結構ええなって思い始めてます笑

スタバ?カフェ?いやいやカラオケで勉強しようや:カラオケの作業効率が高すぎる件

2018.02.08

まぁ、いろいろな使い方があるにしろ、原点をたどれば歌うためですよね。

どうせ歌うならうまく歌いたいし「歌うまい!」って言われたいのはみんな一緒だと思う。
そう「うまく歌う」を目指すのは自然だし、うまい歌を聴くのが嫌な人はいないから何も問題ないと思う。

そしてカラオケに行ったら多くの人が採点を入れると思う。

採点をすれば点数がでる。点数は高ければ高いほどいい評価っていうのも間違いない。
小学校でも大学でもテストでいい点数を取ればすごいし、いい評価が得られる社会なんだから当たり前のことだ。

 

【高得点=歌が上手い】の方程式は正しいのか

さて、ここで疑問がある。

カラオケの点数が高いことは果たして歌がうまいことなのだろうか。】

ぐってぃ
そもそも歌のうまさって点数をつけられるものなんだろうか。

もちろんつけられない。「私今の曲は80点!」って人もいれば「俺は50点かな~」って思う人がいるように「普遍的な歌のうまさ」の採点基準なんてない。

 

ぐってぃ
歌の好みがあるように当然好きな歌い方も好きな声もあるから、歌のうまさに点数はつけられないのはよく考えれば当たり前だよね

 

じゃぁ何の点数を付けているんだ?

そう、みなさんご存じ音程がメインで、そこに機械が判断した表現力や技術点が加わってきます。

確かにうまい人は総じて点数が高い。テレビに出るような人も大体高得点。
じゃぁその逆が成り立つのか。

もちろん答えはNO

判断しているのは音程と、ビブラートなどの表現、技術点。それらを満たせる歌を歌えれば高得点を取れる。

ぐってぃ
つまり採点基準に歌のうまさという項目はない。あるのは機械でも判断できるものだけ。

ただ、確かに95点とかを超えてくると流石に上手い人しかいなくなってくるイメージだけれども、80点を超える程度であれば歌がうまいと言えないレベルもごまんといる。

逆に得点が低くてもめちゃくちゃ歌が上手い人もいる。自分なりにアレンジを加えて歌ったら、歌に合っていてもプログラミングされてる音程とは違うから点数が低くなってしまうのは当然だ。

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カラオケで音程バーを気にしすぎる

そして音程バー。こいつがみんなの心を蝕む原因。

音程バーを見ながら歌ってるから、少しずれてくると「あれ?おかしいな」とか言い始めて、音程ずらさないようにオドオド歌い始める。

慎重に歌い始めたら、音程のズレが余計気になり始めて

「やっぱうろ覚えだと無理だわ」

とか言って演奏中止を押す。

 

許せねぇ。

サビとか歌いやすいところですべて音程外すなら、うろ覚えだろうし演奏中止したくなる気持ちもわかる。だけど歌い始めとか音を掴めなくて少しずれることなんて結構あること。

なのに音程ばかり気にして、なかなか合わないからって演奏中止を押す。
めちゃうめえこいつ!!って人でも音程ずれることなんていくらでもあるのに。

音程なんて気にしないで自分の歌いたいように思いっきり歌ってる方がずっと聞きやすいし、聞いてて楽しい。

ぐってぃ
正直音痴は採点以前の問題なので仕方がないけれど、普通に音程とれる人は音程バーなんて気にしないで歌った方がいいってこと。

音程バーを見ながらワンフレーズ中のズレ、ラップ部分のズレを気にする。

酷い人はビブラートかけないようなところでも、誰から見ても不自然なビブラートをかけるようとする。点数をとるためだけに。

書きながら僕の大好きなマンガ「アオアシ」のワンシーンが思い浮かびました。

それは、一人の選手があるチームに入って練習をしていたところ、昨日のゲームとは何か周りの動きが違うことに気づく。そしてそれは監督がその試合を見に来て、選手達がその監督を意識しながらプレイをしている姿だと気づくシーンです。

 

 

多くの人がこのように「採点、音程バー」という監督を気にしてプレーをしすぎなんです。
この漫画で言えば「点数取るためにカラオケやってんのか。」「楽しむためじゃねぇんだな。」ですね笑

不自然なところでビブラートをかけるような人はまさにこれですね。聞く人や曲の雰囲気などをすべて無視して「俺はこんなに点数が取れるんだ!!」っていうのだけが価値になってしまっているんです。

サッカーで対峙しているのは相手チームです。集中するのは相手チームの動きであって監督が自分を見ているか、監督の望み通りのプレイをすることじゃない。

同じようにカラオケで集中するべきは「自分の歌を歌うこと」であって、機械の採点基準に合わせて歌うことではない。

機械の顔色見て歌うより、感情こめて歌う方が自然な強弱もついて聞いてる方も楽しい。

 

ラップだったら音程があっていることよりも、滑舌がいい方が重要だし、音程が違うからってモゴモゴ歌っている方が聞きずらい。このように歌によって音程だけが重要なことではなくなることもあるんです。

機械の採点基準ではなく、前よりも楽しく歌えているか、気持ちよく歌えているかの方がよっぽど大切。

 

ちなみに「アオアシ」はめっちゃ僕のイチオシなんで是非見てみてください。

僕の全マンガランキングTOP5には間違いなくランクインし、スポーツ部門だったらぶっちぎり1位です。ホントにおすすめ。出てくる女の子もかわいいです。
花ちゃんがかわいい(*´ω`*)

 

採点を入れないカラオケの方が本質的

もともと楽しく歌うための文化だったのだから、テレビに出ない人は点数なんて気にしないで歌ってみてはどうでしょう。

ぐってぃ
僕もカラオケをするときは点数を入れて採点結果を楽しみにしているけど、音程がズレたからって躊躇することはヒトカラでも友達と行くときもない。

また、昔から良く行く友達(めっちゃくちゃ上手い)とカラオケに行くときは飽きるまで採点はつけません。

なぜ採点をつけないかと言われると、やっぱり「採点結果なんて関係なく相手の歌は上手いから機械なんかの判断はいらない、点数どうこうなんて関係なく楽しく歌える」という意見が一致しているからでしょうかね。

採点を入れないカラオケもめちゃくちゃ楽しいですよ。

そいつは「私音程ズレてるのばれるから採点入れたくない笑」って言っています。
めちゃくちゃ上手いので音程がズレるようには聞こえませんが、上手い人でも音程がズレるのは普通のこと。
もし本当に音程がずれているとしても上手いって感じるのは堂々と感情を込めて歌っているから。

 

あなたは「点数で褒められたい」のか「歌声で褒められたい」のか「褒められなくてもいいから楽しく歌いたい」のか

 

歌がうまいとかと違って点数は下手でも高めに出すことができるから「歌自体は微妙で言うことがないからとりあえず点数を褒める」といった社交辞令な面もあるので、簡単に自分の歌が褒められた気になるのでクセになってしまい、点数にこだわりはじめてしまうんです。

そしてどんどんつまらない歌を歌うようになる。負の連鎖。

だからそんなことよりも堂々と歌って「楽しそうに歌うね(´ω`)」って言われたほうがよっぽど素敵だと思うのは僕だけでしょうか。

是非これからは楽しむための、自分なりに上手く歌うためのカラオケをしてみてください。点数を気にしないカラオケも楽しいですよ。

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ABOUTこの記事をかいた人

ぐってぃ

地方の公立大に通う2年生です。 新卒でニートになるために日々精進しています。   高校生の時に禁止されていたバイトをひっそりとやって貯めたお金でタイとカンボジアに1か月間一人旅をしてきました。     過去の自分に教えたかった、知っていると得するようなことを恋愛、学問、就職、人間関係の視点から発信します。   ツイッターでもブログに書かないような細かい日々の気づきを発信しています。 フォローしていただくととても喜びます。